東京電力VS東京都間で電気料金戦争勃発
今、注目の争いがある。東京電力VS東京都がそれだ。ここ最近の東京電力の横暴は度々報道されてきた通り。東日本大震災の影響で資金繰りに困り、電力を大量に使用する大口の顧客に電気料金の値上げを強要し、従わない場合はっ電気を使わせないという横暴。
責任逃れ、そして最近の行いに利用者からの信頼は失墜している。地に落ちたと言っても大げさではないだろう。
東電に見切りをつけてPPSに切り替える企業や自治体も増えてきているものの、電力自由化がまだまだの日本という国。値上げという暴挙に対して泣き寝入りし、従わざるを得ない自治体・企業も多かったとか。
そして東京都、ブチ切れる。ブチ切れたのである。東京電力の株主3位だった東京都が、筆頭株主になったのである。
それまで都よりも株を所有していた第一生命と日本生命が、東電の株価が著しく下落する中で株の売却を進めた結果がこうなった。
まあ、この株を購入するお金は都民の税金から出されているんだろうけどね。猪瀬副知事は以前もテレビ番組で東電を「殿様商売」だと切り捨てた発言をしており、今回筆頭株主となったことでコスト削減を求めていくんだとか。
石原都知事の元、牙を抜かれたのではと言われていた猪瀬副知事のいよいよ本領発揮といったところか。
筆頭株主とはいえ、議決権は過半数とまではいかない。責任逃れが得意な東京電力のことだ、なあなあになってしまいそうだという声も上がっている。
私が東京都民だったころ、もちろん東京電力に電気料金を支払っていた。地元にいた時よりも高いなあと感じていた。今はまだ大口の契約主に料金値上げを強いているが、いずれは家庭レベルでも強いられてくるのだろう。
ちなみに、東京電力が値上げを強いているが、中部電力は値下げしたんだとか。まあ、他の電力会社は東京電力の失態を反面教師としているんだろうし、下手なことはできないだろう。
電気の話ついでにエコカーについて語らせてもらう。時代の進歩はすごいもので、最近は電気で走る車が登場してきた。世の中はエコに向かっていってる。そのため、私も地球にやさしい生活を始めようかと思う。今度、車を新しく購入しようと考えているのだが、レクサスGSを検討している。エコカーである上に、カッコいい。欲しい車種は多くあるのだが、今のところ最有力候補。
鉛筆の思い出
4月1日付の読売新聞から。
『日曜の朝に』のテーマは鉛筆についてだった。
子供の頃は鉛筆を使い、そのうちシャープペンシルを使うようになり、大人になるとボールペンを使うようになると書かれていた。
筆者の意図はそこではないが、妙に納得する自分がいた。
確かに、幼稚園から小学校の中学年くらいまでは鉛筆を使っていた。
授業で筆記をするのも、宿題をするのも、テストをするのも、全部鉛筆だった記憶がある。
どうして鉛筆だったのかは分からないが、シャープペンシルは字が綺麗に書けなくなるとかで、大人から使うなと言われていたような気もする。
確かに、鉛筆というのは字が書きやすい。
最近では字を書くこともほとんどなくなってしまったが、それでも鉛筆は常備してある。
いざという時に役に立つこともあるからだ。
しかし、もう何年も削られることのないまま、筆記用具立てに収まっている。
いつからそこにいたのだろうか?
考えてみたら、字を書かなければならない時は、ボールペンしか使っていない。
結婚式やお葬式などの冠婚葬祭時に筆ペンを使うくらいだろうか。
絵を描くこともないので、デッサンする為の鉛筆は必要ないし、ましてや色鉛筆も必要がない。
自分の字というのは、どんな字であったかもよく分からない。
鉛筆を使用していた頃は、それはそれは丁寧に字を書いていた気がする。
しかし、今はメモに走り書きをするくらいであり、綺麗に字を書いた試しがない。
手紙を書く時には割と丁寧に書くが、友達に書く為のものなので、行書でもなければ楷書でもないのだ。
もう一度、鉛筆を使って字の練習でもしてみようか。
鉛筆を使うと、しっかり書こうという気になるから、正式な字が書けるようになるかもしれない。
そして、忘れてしまっている字を思い出しながら、言葉の意味を考えてみるのもいいかもしれない。
自分のためだけに生きるということ
古今東西、名を馳せた偉人変人狂人など、およそ人間が普通とする人生とはかけ離れた生き方をする人たちは過去現在、そして未来においても存在する。
1日は24時間、1年は365日と決まっているが、その決まった中でも時間の感じ方というものは人それぞれ違う。同じ人でも年齢によってもまた違ってくるだろう。
上記で述べた偉人変人狂人たちは、一般人の目から見ると生き急いでいるかのようだ。最高の一瞬、快楽のために生きる。それこそ全てを捨ててしまってでも。
破滅的な人生を送った俳人がいる。尾崎放哉、型破りな自由律の作風を持ち味とした知る人ぞ知る存在だ。鳥取県に生まれ帝大を卒業し一流とされる会社で要職に就き、美しい妻を娶った。
およそ一般人ならば誰もがうらやむような人生を送っていた。だが、酒におぼれ職を辞し、妻とも別れを告げてから流浪の俳人としての人生が始まる。
そんな彼が晩年たどり着いたのが瀬戸内海に浮かぶ島、小豆島だった。この小豆島で彼は41年の人生の幕を下ろすこととなる。
人間というものは、一人では生きていけない。生きていけているのは自分以外の存在ありきのもの。けれど、自分だけのために生きていくというのは自分には出来ないが故に少し憧れてしまう。
私には愛すべき家族がいて、友人がいる。それを捨ててまで自分のために生きれるかというと、やはりその一歩は踏み出せない。けれど自分のためだけに生きれる人は踏み出してしまうのだ、その一歩を。
人は自分が持つことができないものを持っている人に憧れ、焦がれ、羨み、嫉妬する。私が今持ち得る全てを投げ打ってどこか遠くへ旅に出ることはおそらく叶わないだろう。
自由律というのは、俳句にとっても異端な存在だ。尾崎放哉の詠んだ句を初めて聞いた時、私の脳裏には疑問符が浮かんだ。
5・7・5の韻を踏み、季語を入れる。それが俳句というものだと学校で習った。だが、自由律俳句はこの定型に縛られず、季語にすらとらわれないというある意味彼の生き方を体現したもの。
「いれものがない 両手でうける」という句も最初に聞いた時は何だこれと思った。けれど面白いとも思った。
人の人生を羨んでも仕方ないしキリがない。私は私として生まれた人生を結局は生きるしかない。それが人から見ればつまらないものであっても、羨むようなものであっても。
ささやかながら、この春、私が自分のために第一歩踏み出すもの。脱毛。ここ最近は当たり前になっている脱毛だが、30代を越えて初挑戦する私にとってはかなりのチャレンジだ。
私はとりあえず脇を行うのだが、ピンポイントにヒゲ脱毛とか、ひざ脱毛とかあるらしい。2012年が終わるころには、脇が無毛になっていることを期待して。
一番くじ
コンビニに置いてある、一番くじシリーズってみなさんは知っていますか?
ワンピースやドラゴンクエストなど、わりと有名どころのアニメやゲームのグッズが当たるくじシリーズです。
ハズレがなく、一回500円で末等でも相応な景品なのが、このシリーズの人気なところだと思います。
今回、私の好きな銀魂のくじが発売されたので、なんとしても大好きな高杉晋助のフィギュアを当てねば!と意気込んでいました。
開始日に家の近くのファミリーマートに緊張しつつ入ると、なんとまだお昼前なのに高杉のフィギュアはもう引かれていました…!
その場でしゃがみこみたいくらいショックでショックで…。
まさかいきなりなくなっているとは思いませんでした。
すごいくじ運の人も世の中にはいるものですね…。
その後、友達がまだ残っているコンビニを教えてくれたのでちょっと遠くまで引きにいきました。
6回引いた結果…

無事高杉をゲット!!
しかも対になっている神威のフィギュアも。
まさか揃えれるとは思っておらず、レジで変な声を上げるほど驚きました(笑)
まだもったいなくて箱に入れたまま飾ってます。
かなりフィギュアも増えてきたので、将来的にはコレクションルームが欲しいと目論んでおります。